2009/1/28 水曜日

我が自慢のスタッフ

 平成21年1月3日に、恒例の田中ひろと「新年互礼会」が、金沢七瀬会館で盛況の中、執り行われた。

 その前に、Ikoc.Aの「仕事始めの儀式」を行い、全員で集合写真を撮った。
今年も、少数精鋭の中、チームワークを持って、更に「当意即妙」の精神をモットーに頑張ることを誓い合った。

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Ikoc.A スタッフ一同

グリーンクラブ発足準備

 金沢南地区と、野々市町を中心に、田中県議を囲んで、ゴルフを愛好する、親交の深い者が相集い、発足する準備に入った。

 男性40名以上、女性20名以上を目標として、今春の、発足を目指し、準備委員は張り切っている。

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準備委員一同

2009/1/26 月曜日

官僚は「悪」なのか?「与党(一部)と野党」両党に物を申す!

(「官僚主義」とは、固より「偏見な奴(め)」)

 官僚主義とは、国家機構に直接携わっている上級の役人を官僚といい、権威主義、形式主義、秘密主義、独善主義などの傾向を、批判的にいう話として引用されている。特に、官僚政治、又は、官僚的とも云う。

 このように、日本の最高で特異の職域層であり、従来から優秀な集団であることを万民が認めていることから、僻目(ひかめ)で顕(あらわ)されても、官僚たちは得意としていた。

(「官僚が日本を動かしている」、「政治は官僚主導である」)

 誰しもは、「自分の進むべき道」、「目標とする職業」、「誇りとする立場」を臨むことが自然であり、彼らは「志を高く」、「将来は日本を動かす人物に成りたい」と願い、このコースへ進むことが、極、当たり前のことであると思っていた。

 戦後、60有余年、「敗戦国、日本」を「今日の繁栄、日本」を作り上げてきたのは、正に官僚たちであり、正真正銘、優秀な彼等のお陰である。正に、企画、発案、資料作りの役割から鑑み、その結果、「政治は官僚主導である」と見られるようになった。

(永田町の「政治の責任」と「回避」)

 総理大臣や、各省庁の大臣たちが、ころころ替わる。国民のためでも、正義のためでも無く、それは、政局の都合と、領袖の輪番制によるもので、戦後立法機関が制定されて以来、繰り返されてきた。

 従って、一貫して国の行政、事務を統轄し、表裏一体化して、民主主義の原点と法治国家の礎を作り上げたのは、官僚たちである。何故なら、責任を果さないで、永田町の常識とし、権力闘争に明け暮れ、国民に目を向けなかった政治家(国会議員)に対して、官僚が補完していたからだ。

 そこで、慣れない内に、省庁を掌握しない間(短期間で都合上、交替する)、中身を熟知しない無責任な都合主義の政治家に対し、継続的に、持続的に、しっかりと自分たちの城を造り、守りを固め続け、政治家を煽(おだ)て、国民に鎖(とざ)して来たことで、官僚が、ある意味では国の実権を握った形となってしまった。

 勿論、官僚を批判する政治家は、それは、責任の「回避」であり、本末転倒である。先ず、自分たちの姿勢を正すことから、言動をして貰いたいと願うものです。

(官僚も、「反省」を・・・「必要不可欠」な存在)

 「シンクタンク」、「最高の集団」の彼等にも、時の流れの積み重ねから油断とマンネリ化、又、遣り過ぎた面が多々あったようだ。天下り先と指摘を受けている団体の業務内容の疑念、福利厚生費の無駄、「渡り」等の一括したダーティーなことに対して、世論は官僚を総て「悪」として位置付け、批判と追及をし続けて来た。

 長期間、煽動してきたことで、”国民の心”にすっかり「悪」として定着してしまった。それは、官僚の「能力と感性」を抑え、「意欲と遣る気」を無くさせ、更に人材を失う羽目に繋がり、国家の大きな損失となる。

 今、官僚を排除することが、本当に国民のためになり、国民本位の政治を取り戻すことになるのか・・・。

 この際、官僚も「反省」すべき点は、素直に「反省」しなければならない。そして、一日も早く、意識を修正し、方針を定め、引き続き、日本を支え、引っ張って頂きたい。彼等は私たちにとっては、「必要不可欠」な存在であると思う。

(問題解決の近道「ポストの複年と責任を問う」ことで)

 ”数字を並べたり、数字合わせの企画計画書”問題が立件した時の責任の所在が、有耶無耶で不明である。総て問題視されていることは、ポスト(役職)が一、二年で替わり、責任を明らかに出来ないこと等の状況からであり、この際、見直すべきと思う。

 一つのポストには、三年以上区切りのつくまで就き、役付(待遇階級)は、そのポストのまま付けられる。また、企画、計画、実施、法律の案、施行等総て、関係者の名前、従事者を明らかに銘記し、そこで、問題が発覚した折には、明確にし責任が追及され、処罰対象となる。

 以上のようにはっきり決まることで、無責任な中で、物事が進行されたり、無駄な税金を遣われたりすることが、無くなっていくだろう。

 尚、金融危機、経済危機、100年に一度の世界大恐慌の兆しの中で、誰しもが苦慮していた。特に、政治家(国会議員)が、永田町であれこれ遣り取り、対策を練っているものの、今日まで、即、対応出来る議員報酬と政党交付金(助成金)のカット(減額)等と、次への国会議員の定足数を減らす等の声が、一度も聞こえて来ないことが、誠に残念である。

2009/1/22 木曜日

2009年新年互礼会

2009年度の新年互礼会を、去る1月3日(土)16:00~20:00行いました。

大変お忙しい中、多くの方々にお越し頂き、誠にありがとうございました。

時間帯等、未調整のため混雑し、大変ご迷惑をお掛け致しました。
また、御挨拶等の不手際に対し、ご寛容を賜わりますようお願い申し上げます。

下記PDFファイル名をクリックしてご覧ください。(データ容量が多少大きいため表示に時間がかかる場合があります。)

・新年互礼会_1.PDF

・新年互礼会_2.PDF

・新年互礼会_3.PDF

2009/1/20 火曜日

漢字・カタカナ文字

 漢字が正しく読めないことで、時の総理が有名になってしまったようです。

 この際、時々目に付く「漢字」や「カタカナ文字」をチェックし、まとめてみましたので、少しでも参考にして頂ければ有り難いと思います。

【漢字】(クリックすると開きます。PDF) → kanji.pdf

【カタカナ】(クリックすると開きます。PDF) → katakana1.pdf

2009/1/9 金曜日

今年の言葉

― 延年長楽 ―(えんねんちょうらく)

「延年」とは、古典芸能のひとつで、白山信仰の歴史の中にも見ることができる。
長滝白山神社(岐阜県)や奥州平泉では、現在でも「延年の舞」が伝わっている。
本年はこの「延年」を掲げ、穏やかな年としたい。

アミーゴ

1.日本の文化    ←click

1)年賀状
2)喪中の良識(私の信条)

(1)賀状
(2)年賀
(3)精進料理
(4)祝事
(5)互礼会

3)周年行事など

(1)財団法人白山観光協会「創立60周年記念式典」
(2)年末年始「特別警戒」パトロール
(3)金沢南地区女子バレーボール協会「設立5周年記念式」

4)叙勲祝賀会

1.日本の文化

 日本では、民族、地域、社会などでつくり出され、その社会の人々に、共有、習得されながら、受け継がれてきた固有の行動様式、生活様式の総体及び、人間がその精神的な働きによって、生み出した思想、宗教、科学、芸術などの成果の総体を「文化」という。

1)年賀状

 年賀状、「年賀ハガキ」は、年輪が重ねられ、もう「日本の文化」となり、私たちの生活様式として溶け込んでいる。

 以前にも、「年賀ハガキ」の他に、「普通ハガキ」、「手紙」、「電話」などで、その役割を果しているもの等、様々でしたが、昨今は、一部に「メール」で済まして終うものもいるようです。

 年賀状は、少なくとも一年に一回の「交流の絆」であり、「結い」でもある。この賀状一枚で、「旧友を温め」、「昔を思い出し」、「元気を確認」、「情報のキャッチ」等をすることが出来、元旦には楽しみにして待つようになっている。

 しかし、何な時代になっても、年賀状の必要性、存在感が位置付けされ、中でも「年賀ハガキ」の存在が突出している。
私も出来る限り、「年賀ハガキ」で、これからも続けて行きたいと思う。

2)喪中の良識(私の信条)

(1)賀状

 師走の賀状を差し出す時機になると、「喪中につき、新年の御挨拶を御遠慮申し上げます。」とのハガキによるご案内を頂く。
仏事なのか、宗教でのものなのか、習わしであるのか、様々であると思われ、徒、一貫して伝えることは、遣っていることがちぐはぐで、筋が通ってないということです。

 私たち人間関係の最も大切なことは、「正常な交流」、所謂、「結い」であり、「通信としての糸」の繫がりである。
例えば、仏事で申し上げると、

①故人に対して、毎月、命日にお参りをして、一周忌まで精進料理で通し、目出たい席、賑やかしい場所に顔を出さないよう、徹底して喪に服している人。

この方は、一周忌以後も祥月命日にきちんとお参りを続けられると思います。このような方に限り、新年の御挨拶を遠慮し、互礼会にも顔を出さなくとも良いということです。

②初七日や四十九日の法事で、精進明けをする人。

この方は、もう既に普段の生活に戻り、お付き合いも普通にしているということです。従って、11月以前に家族が亡くなられた場合には、年賀状を書く時機には、普段の生活に入っていることから、賀状は出すべきと思う。

③11月以降に逝去されたものだけが、「喪中につき」の挨拶状を。

師走入り、賀状を書く時機に喪が明けていない(四十九日の精進明け)方だけが、「喪中につき」を出す資格があるのだと思う。

④「喪中につき」が届いた相手に、賀状は出すもの。

 「喪中につき」が届いた場合でも、相手の方に賀状は出しても良いと思う。少しでも気になる方は、1月20日頃に「大寒御見舞」を出すようにする。「喪中につき」が年賀状として扱い、その返事が「大寒御見舞」となる。

⑤拘りのある人は、何をすれば良いのか・・・。  

  まず、法事(死者の追善供養の為に行う仏事)は、初七日、死後四十九日まで七日目ごとに、又、一周忌まで、更に、祥月命日に法要を営む。喪に服す期間は、一年間として、精進明けをし、その後には年忌の法事法要をきちんと行う。
 「喪中につき」出さない方からの賀状が届いた場合には、「大寒御見舞」など、その時節に応じて、返事を書く。
大切なことは、「結い」であり、「喪中につき」は賀状の代わりであり、「喪中につき」を出さない方については、時節に応じた返事を書く。この事で、賀状の遣り取りが続くということです。

(2)年賀

 さて、何故「喪中つき」を出すのかといいますと、「お目出とうございます」と不幸があったその年に書けないことから、賀状の代わりにするものです。
 だから、「喪中につき新年の御挨拶は、御遠慮申し上げます」と御案内をする。

 それなのに、何故か新しい年(元旦)を迎え、年が変わり、心新たに「一年の計とする元旦に」、年賀の挨拶が出来ないのか、不思議である。
 それに該当するものは、前年の1月以降に逝去され、1周忌までを精進するもの、11月中旬以降に不幸があり、49日までのもの、12月末に亡くなり、初七日までをするものに限りである。

(3)精進料理

 葬儀及び、告別式終了後、初七日法要をする場合が多いことから、次の日から精進明けをするものもいるが、故人に近い立場であれば、これは例外とする。
普通、交際範囲の広い人や、外食の機会の多い人は、初七日で落とすものが多いようだ。
又、1周忌になるまで遣り通す人もいるようですが、49日法要後の納骨式が済んだ後に、精進明けをする人が、最も多いようです。

(4)祝事

 1月の新年互礼会、新年会、2月の新年会、梅を観る会、3月の送別会、4月の花見会、歓迎会、顔合わせ会、5月のさつき会、7月、8月の納涼会、12月の忘年会、クリスマス、御用納め会、そして、年間を通じて結婚式、叙勲を祝う会、厄年を祝う会、周年パーティーなどなど。

 初七日、49日、一周忌を節目に出席しているにも拘らず、新しい年の挨拶(年始)を避けるのは何故なのか・・・普段の生活に戻っているにも拘らず、何故なのか・・・

(5)互礼会

 新年を迎え、お互いに拘りあうものが、「お目出とう。今年もよろしく」と挨拶を交わす場所を、「新年互礼会」という。

 今日まで、30年以上、様々な方々の「新年互礼会」に出席させて頂き、強く感じたことは、特定の時間に、特定の場所で、一堂に会して、一定の時間を束縛をし、多くのゲストの挨拶を受けることに疑問を感じていた。

 その理由は、互礼会を通じて、私自身が「お一人お一人」に新年の御挨拶をしたいと云うこと。次に、新年早々、ご多用な時間を長時間束縛すべきでないということ。だから、”何時から、何時までの間、ご都合のつく時間にどうぞ、お越し下さい”と、ご案内をし、お越し頂きたいと願うのです。

3)周年行事など

(1)財団法人白山観光協会「創立60周年記念式典」

 式典の皮切りに、「冬の白山」と題して、講演をされた講師は、胃腸科等の医師(院長)で、山スキーを趣味としている。白山の山岳スキー、頂上よりプロジェクターによって紹介された滑降する光景は、正に絶景で、初めて観るものでした。素晴らしいものを観せて貰った。

 次に、式典が開会され、10年間(平成10年~平成20年)の経過報告を、永井専務理事が、式辞を中川理事長が、それぞれ申され、祝辞を山岸副知事、角白山市長などによって行われた。

 さて、白山比咩神社の宮司が、乾杯で、私が締めの万歳三唱をすることになっていた。

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”本日はお目出とうございます。白山に属する関係団体、関係者が一堂に会して、創立60周年を迎えられましたことを、心からお慶びを申し上げます。
 日本の三大名山、我が県の象徴「白山」が、私たちの「誇り」として、「心の支え」として、延延と聳え立ち、信仰されるよう希い、白山観光協会の発展、ご臨席の皆様のご発展、ご健勝をご祈念申し上げ、万歳三唱を致したいと思います。
 僭越ですが、ご指名ですので、音頭を取らせて頂きます・・・・・・。”

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 周年事業に、相応しい式典でした。

(2)年末年始「特別警戒」パトロール

 去る12月16日、年末特別警戒のパトロールが香林坊から片町まで、道路上及び店舗4件で行われた。
本部長以下県警幹部、中署員並びに、公安委員や県議関係者、交通安全等、防犯関係団体、地域商店街関係者などで編成したパトロール隊が、約1時間巡視した。

 私も、今日まで3回目の参加で、要領が分かっていた。

セレモニーも大切だが、平生恒常の結果を大いに期待したい。

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(3)金沢南地区女子バレーボール協会「設立5周年記念式」

 平成20年の納会、忘年会と併せて、それまでの額イーグルを包み込む後援組織、「金沢南地区女子バレーボール協会、設立5周年記念式」を執り行った。

 又、記念品は、先に会員のところへ届け、当日は表彰受章者1名、感謝状受章者1名にそれぞれ、会長である私が手渡した。

チーム全員の励みになることを期待して、監督、コーチ等と相談をして、この節目に表彰することにした。

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(4)叙勲祝賀会

1)石川県ライフル射撃協会「理事長」

 長年ライフル射撃協会発展の為に尽力され、その間、選手として活躍された理事長が、この度、叙勲の栄誉を頂いた。

私にとって、私を支えて頂いている親戚、縁戚関係で構成する「縁の会」の会長を務めてもらっている関係で、二重の喜びでした。

 当日の参加者は体協、スポーツ関係、ライフル射撃協会、受章者の友人、知人、親戚、家族関係者で、終始、受章者夫妻は満面の笑みで接していた。

 体協代表が挨拶し、知事代理の副知事の祝辞など、本人の感謝の挨拶、お孫さんたちからの花束贈呈、教育長の乾杯の音頭で進められ、私は、ライフル射撃協会長として、三本締めで締めた。

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2)石川県柔道整復師会「前会長」

 この度の叙勲は、石川県柔道整復師会で初めてのことであり、組織や会員にとって、大いに励みになり、勇気が貰えたことであり、称賛すべきものであった。

 受章者は、前会長で、協同組合の前理事長であり、経歴、功績も人柄も申し分なく、一年前に、この話を副会長から相談を受けてからの始まりでした。 この受賞は、正に素晴らしい栄誉であり、言葉で表現出来ない位嬉しいことでありました。

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 祝賀会は、副会長の開式、会長の発起人代表の挨拶、祝辞は知事代理の健康福祉部長や、日本柔整師会会長など、発起人の一人であり、顧問の私が乾杯の発声の音頭を、まとめの万歳三唱は、同じく発起人の一人である、顧問弁護士が音頭を取った。

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当日の参加者は、200名を超し、柔整関係者が、全国、北信越、県内各地から、また、各関係団体等、来賓、受章者の友人、知人、親戚、家族などで、終始、受章者夫妻は、「申し訳ない・・・。」と謙遜をしての接し振りでした。

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