2009/10/16 金曜日

K先生の大転身と、県民の困惑・・・!!

(私は知っている・・!!) 

 長年、自民党参議院議員として活躍し、足跡を残したK氏は、今回の総選挙で、民主党公認の比例区で出馬し、当選を果たした。

県民は勿論、K氏のファンや支持者たちは、困惑し、又、各自の思いにも、格差があった。

「裏切られた・・・。」、「信じられない・・・気が狂ったのでは・・・。」、「未だ、執念を燃やしていたとは・・・。」と、勝手にそれぞれが口走っていた。

 しかし、「私は知っていた・・・!!」

否、正当に評価し、推測したものであると云ったほうが正しいと思う。

東大を出て、キャリアで、当時の建設省へ入省して、とんとん拍子に立身出世し、地建の局長、本省の道路局長、技術屋の最高位の技監にまで昇り詰めた。

この折、政界に転身する噂が立ち、その意を組んで、実現に向け行動をした。

私が、旧河内村長時代のことであり、私にとっては、旧建設省の先輩で、実母が白山麓の所縁の方であったことから、迷いが無かった。
出馬へのストーリーの一翼を担い、支持した。そして見事、当選を果した。

 国会議員としての活躍は、「水を得た魚」のように、持ち前の行動力と企画力に、人間性を加えたもので、着実に、実績を上げた。
県内の行政責任者(首長)は、頼みやすい環境と、実力を認め、集中的に足を運ぶようになった。そして、大臣を仰せ付かる頃には、全国から注目され、仕事の幅も各省に跨る迄に至り、気力も充実し、絶好調であった。

【先の参議院選と怨念を抱いた経緯】

 前項の記述通り、充実した仕事のできる状況であり・・・。年齢が77歳(高齢)となっていたが、健康面と精神力で、決して働き盛りの同僚とは、勝っても、劣ることが無かった。
所謂、体力には自信があった。

 ところが、”大臣に成りたい・・・!”と願い、情熱的に、行動をした。そこで、比較的にポストの少ない参議院からの就任は困難と思われ、実現するためには、同郷で、派閥のオーナー的存在の大物の後押しが、不可欠と考えた。

K氏は”今回がチャンス”と踏んで、懇願した。すると、その大物は、”今期で、後進に道を譲り、引退する”ことを条件に、その意を組んで請けた。

そして、お陰でK氏は念願が叶い、大臣となり、一段と実力を発揮した。

 「何としても、大臣に成りたい。」

その折の心境で、「引退」と云う2文字には、K氏にとって、全く、目に入っていなかったようだ。

弥、弥、”その時”がきた。

3年前のことであり、K氏の意思には耳を貸さず、「約束の履行」が先行し、”自民党公認候補に新人を立てる”と云う巷の噂である。
無論、その大物は、積極的に”今期で後進に道を譲る約束をした”ことを風潮し、煽動したとも云われている。

 K氏は、「今がもっとも、働ける旬と悟り」、引き続いて遣りたい旨の意思を告げたが・・・。無情にも、”二人での約束は約束”と突き放された・・・。
(K氏が、仕事が出来すぎ、全県から頼られ、力を付けたことへの僻みからではないか・・・。との噂があった。)

このことで、二人の確執が出来たようだ・・・。

【民主主義の根幹を揺るがす、驕り・・・!】

 先の総選挙で、何故、自民党が彼処まで、大敗したのか・・・。
その一つは、驕りであると考える。”大臣の椅子を狙っているものを応援する。”ことと、”引退する約束をさせる”ことは、別の次元である。

“引き続いて遣るか、遣らせないかは、県民や支持者が決め”、”引退するか、しないかは、本人が決める。”ことが常道である。

 このようなことを、当たり前のように、公然と公言することは、正に妄想であり、驕りである。そして、民主主義の根幹を揺るがす問題であると真に思うのは、私だけでしょうか・・・?

(助言はしても、約束をすることでは無い・・・。)

地方も、国民も意識改革を・・・!!
 半世紀続いた政権が倒れ、政権を奪取すると云うことは、寧ろ、「革命」に価値すると思う。
「革命」であるならば、”A級戦犯”は罰せられ、”予算”も、”法律”も、総て白紙からのスタートとして、見直し、新たに「国づくり」をすることであると思う。
 従って、「前政権での予算等」は、削減するという表現は間違いで、組み直し(白紙撤回)をすると云うことの方が正しい。【地方では、「政権交代」により・・・!!】

 都道府県知事や市町村長が交代することにより、”博覧会”や、”新幹線駅”や、”大型ダム”等の事業を取り止めた例は、沢山ある。

【耳新しい当り障りの良い話に裏が・・・!!】
 
”児童手当の支給”、”学費、保育料等の無料化”、”中小企業対策(モラトリアム)”等、「国民主権、国民の目線」で臨む、鳩山政権にとっては相応しく、聞こえの良い施策である。だが、予算の裏付けをどうするのか、前政権や、国民は余り前のようにして、心配と批判をしている。
 それは、半世紀間での予算などの骨格や、仕組み(地方に連動している)を、動かせないものと固定した。従って、今日までは、少し触れることくらいしか出来なかった。
 しかし、「革命」であり、予算を根幹からやり直すと云うことで、財源については、何ほどでも見出せるものと考える。

【地方も私たちも、改革を・・・!!】

 従って、地方は、従来の仕組を改め、国とともに、新たな「国づくり」に積極的に参加する必要がある。又、私たち国民も、真に、意識を改革し、私たちから提言出来るように、真摯に捉えて行かなければならない・・・。

【従来の圧力団体や、陳情の在り方は・・・!!】

 自民党政権で、構築した「業界団体と族議員」、「期成同盟会や、行政と議員等で構成する陳情団」、「利権と結び付く根回し行為」等を真っ向から批判して来たのは、民主党である。
 今後は、総てを見直し、改めて方針を変えることである。
少なくとも”市民が中心となり”、”市民が前へ出て”、”市民の声が、直接伝わる”この仕組みを考えることであると思う。

【国民主権と国民目線で、とは・・・!!】

 民主党は、国民の声を支持率として捉え、目を向け、重視し、陳情合戦よりも、直接、国民の訴え(生の声)に、耳を傾け、真摯な姿勢を取るに違いないと思う。

2009/10/5 月曜日

マスタープランⅡ 2)早速、鳩山カラーでスタート

 9月16日の鳩山内閣誕生・・・!!休む間もなく、極めて重要と思われる外交や、内政が目白押しに詰まっていた。
特に国民は勿論、世界が注目をしている。

 さて、この”政権交代”を、先に幾度にも渡って記述したように、他国での”政権交代”は、4~5年乃至、8~10年で行われ、一つのリズムとパターンで、時の国民の意思である風の流れによって実現している。日本では、半世紀間無かったと云っても同然、一党独裁が続き、予算や事業のアウトラインとメカニズムやシステム等が、概ね固定化されていた。

軽薄な言動の政治家に対し、しっかりと支え、事務方の役割を果し続けたのは、官僚であったため、正に官僚任せからの、「官僚政治」と云われる様になって終った。

 そこで、今回の”政権交代”は、革命に近いものであることから、破れた自民党の総理経験者等は、A級戦犯として、場合によっては処刑されるに等しいことになるのかも知れない。

 従って、”政権交代”をし、革命を起こした民主党でなければ、「大鉈を振るう」(おおなだをふるう)ことが出来ないと思う。

今日までの自民党の”マンネリ化”と”驕り”(おごり)と、”詭弁を弄する”(きべんをろうする)戦略に対して、国民は”ノー”と決め審判を下した。

国民は、本当に怒り、滾って(たぎって)終っている事を、自民党には気が付かなかったようだ。正に、自民党の”自滅”からの結果であった。

1)大臣たちの始動
2)国際社会へのデビュー
3)「マニフェスト」は”葵の紋”では無い

1)大臣たちの始動

 鳩山内閣が、待った無しで始動した。
 「地方分権」の推進、直轄事業等への地方の負担金問題、郵政改革の見直しなどを打ち上げた総務大臣。「モラトリアム」とも云われる、中小企業対策を表明した金融担当大臣。「後期高齢者医療制度」の廃止、児童手当等の新設、生活保護等の復活、最低賃金、年金問題等について訴えた厚生労働大臣。早速、「八ツ場ダム」、「川辺川ダム」の建設を中止表明、日本航空の再建問題、高速道路の無料化等を取組む国土交通大臣、「脱官僚依存」や、国出先機関等の原則廃止、天下り禁止等に携わる行政刷新担当大臣等が、マスコミを通じて、国民に語り掛け始動した。

2)国際社会へのデビュー

 鳩山総理は、就任1週間目で、国際舞台へのデビューを果され、その行動内容は目まぐるしいものであり、鳩山夫婦にとっては、”チャンス”であったように思えた。

 今回の国民の目線は、”極めて、外交についてはウェートが低く”外交は、国際社会、米国、アジア諸国、隣国等、それぞれ相手国が在り、常に「国益を第一」として、総括的に判断して貰いたいと、願うものです。

 しかし乍ら、鳩山総理夫妻とも、米国生活での体験から、英語が堪能であり、意見・考え方・捉え方などを率直に伝えるスタイルについては、正に米国的で、国連の演説内容や、各国首脳との会議も有意義で、評価が高かったようです。

(1)東アジア共同体

 外交の幕開けは、中国の胡錦濤国家主席であり、欧州連合(EU)の出発が、「石炭鉄鋼共同体」であったことから、「東アジア共同体」を目指し、皮切りに、東シナ海のガス油田共同開発の条約作りを、「友愛の精神」をもって進めることを、願ったものです。

(2)国連気候変動サミット

 地球温暖化防止の新たな国際的枠組みのことは、京都議定書に続いて、今年12月の、国連気候変動枠組み条約帝国会議(COP15)での合意を、目指している。

 そこで、大量排出国である米国及び、中国では、世界の40%以上を占めていることから、2カ国の協力が不可欠である。
先進国と、新興国、途上国の主張の隔たりは大きく、何か糸口を掴みたいと願ったものが、鳩山総理の90年比、2020年まで、25%の温室効果ガス削減案で、「鳩山イニシアチブ」と銘打った。
 尚、各国首脳と、先進国の協力が大前提としたものである。

3)「マニフェスト」は、”葵の紋”では無い

 民主党は、「マニフェスト」を掲げ、選挙に勝ったことから、着実に実現に向けて動き出している。
確かに「マニフェスト」は、金科玉条(きんかきょくじょう)のものであるが、”葵の紋”(三つ葉葵の徳川家の家紋)では無い。「マニフェスト」という印籠に、総て正義として跪く(ひざまずく)ことは、”角を矯めて(ためて)、牛を殺す”ことに成りかねない。

 先の選挙結果は、「マニフェスト」を国民が全面的に理解し、支持したものでは無い。”自公民政権の自滅”と、”政権交代の受け皿”が、偶々、民主党であったと云うことであり、「マニフェスト」に託けて(かこつけて)はならないと思う。

 鳩山総理の「友愛の精神」、主権国民、国民の目線での志は、好誼(よしみ)から国民の心をとりこにする可能性がある。徒、約束が果せず、或いは、一つの区切りが出来た場合には、リザイン(辞任)は鳩山総理に限って、されるように見える。

 「マニフェスト」は、”それぞれの温度差”、”国民の思いの違い”、”地域や各界各層によっての格差”があることを、民主党には、しっかりと捉えて貰いたいと願う。

2009/10/2 金曜日

マスタープランⅡ 1)5連休を満喫した・・・!

1.5連休を満喫した・・・!

 9月の大型連休19日(土)~23(水)は、多種の公職等、行事が目白押しであったものの、日程を有効に活用したため、旧交を温めることが出来た。

 第1日目の19日(土)には、本当に久しぶりの仲間、友人に、紅一点を加えて、青空の下でプレーを楽しく、一時を過ごした。夕方、事務所へ戻り、産廃問題で相談を受け、夕食は医療と福祉機関の長等と情報交換をし乍ら、有意義に過ごした。(本日の徒歩数は20,294歩)

 第2日目の20日(日)には、早朝より旧河内村出身者の葬儀に参詣し、県障害者フェスティバルに顔を出した。産業展示館での会場は、障害者と家族と関係社等で、満場溢れていて、あっちこっちでジェスチャーをしている光景が見られた。手話での会話であり、平生見慣れていないため、戸惑った。しかし、知り合いの方と会うことが出来、良い経験をさせて貰った。
 昼頃には、金沢市の用地の関係で、地権者宅で相談を受け、その後総合病院へお見舞いに駆けつけた。3名の方を見舞い、激励して来た。
 更に、近隣の「川まつり」会場へ顔を出し、友人の焼肉店で、四十万校下の幹部の有志と夕食懇談をした。帰りに「まつり」に顔を出し、徒歩で往復をした。(本日の徒歩数は10,361歩)

 第3日目の21日(月)には、造園業の有志と、青空の下プレーを楽しんだ。
金沢から加賀の素晴らしい仲間となり、人的財産が出来た。夕方から「縁の会」の現役から、経験者の”首長や議員”の集いで、久し振り(定期的)に情報交換を行った。総選挙の批評と、今後の方針と、次の幹事を決め、散会した。(本日の徒歩数は20,200歩)

 第4日目の22日(火)には、産廃問題で相談を受けていた件について、解決策を出し、方向を決めた。夕方には、隣町の割烹店で、家内や娘ファミリーと夕食を共にし、行き帰りには迂回をして歩いた。比較的、余裕のある一日であった。(本日の徒歩数は14,233歩)

 第5日目の23日(水)には、溜まった仕事を整理し、片付け、更にブログを記述した。午後からは旧鶴来町の方へ、歩いて予定の会場へ向かった。1時間25分掛けて歩き、3~4年ぶりに旧交を温めての遊技を楽しんだ。
翌日の公務の予定があり、一足先に失礼し、マスターの車で送って貰った。(本日の徒歩数は12,500歩)

 従って、5日間の徒歩数トータルは75,500歩(距離推定45km)でした。

2009/10/1 木曜日

2009年10月の言葉

 天下、意の如くならざるもの
 (てんか、いのごとくならざるもの) 

    常に、十に七、八におる 
    (つねに、じゅうにしち、はちにおる)        
                                    
                     -晋書- 

この世の中には自分の思い通りなら無い事が、七、八割あるとの意味。

人生にはどんなに努力しても報われないことが多い。
特に組織体の中にあってはままあることである。
この事を肝に銘じて短絡的にキレてはいけないし、
自殺の道に進んでもいけない。
自らの人生を永く眺めて、ゆっくりと成長すべきである。

  【晋書】
  晋王朝(東晋・再晋)について書かれた歴史書。
  百三十巻からなる。

平成二十一年十月一日

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