2010/12/27 月曜日

総括

 1.の「父の遺徳」の通り、父の霊は生きていて、2のIkocの業務から10の息子たちの成長まで、しっかりと後押しをし、強運を齎してくれた。

 2.Ikocの業務の大幅な変更や廃止が無く、3.の金沢市長選では新人候補を強力に支援し、当選の栄に導き、4.の芸術院会員には、後援会の設立等、経済人の賛同を得て、まとめ、会員になるための協力と支援をして、今回、就任することが決まった。

 5.の「砂防検定」試験を実施、目立たない事業であるため、予算の厳しくなればなるほど、置いてきぼりになることが予想され、防災事業である砂防事業の必要性を一般市民に普及するための活動を、粘り強く続けてきた。漸く、異常気象による自然災害が多発している今日、認められ「砂防検定」試験を実施するまで、漕ぎ着けることが出来た。

 6.の鳥獣被害防止に関わる件については、「駆除」と「保護」の立場の難しさと、公的機関の編成隊の不足と猟友会の存在感、将来にわたって対策に背を向けている現状を、正義感から積極的に取り組み、組織化した。情報の共有と今日の大型獣の北上と出没回数が増え、正に、今日、活動実績が認められ、正当化された。

 7.の柔整師会は、他の関係機関とともに、日増しに“信頼関係と活動実績の積み重ね”から「鉄の結束」関係が出来つつある。10.の息子たちの成長に関しては、「最も答えの欲しい時」にタイミング良く、父の霊が生きている証として、後押しをしてくれた。

 この1年の締め括りとして、息子たちの成長の影に、父の魂が居ることを確認できた。

10.息子たちの成長に微笑

 今年は、息子たちは、能く頑張った。本当に、それぞれ、結果を出してくれた。

 長男は、金沢青年会議所理事長の職を恙無く収めることが出来ました。世界大会を本県へ誘致するために働きかける等、世界へ県内外へと飛び回り、活躍してくれました。
JCの先輩たちからは“能くやってくれた・・・。”と云う、言葉が貰え、私も親として嬉しかったものです。
 しかし、JC在任期間、家族、会社を始め、多くの皆様の理解と協力の賜物であると云う「感謝の心」と、この間、培った総てをご恩に報いるために、どのようにして今後、発揮して行けるのか、注目され、期待されていることを忘れてはならない。
 尚、本人は、満40歳で明年は「初老」という厄年を迎えることになる。

 二男は、企画・イベント会社の社長と、異業種の協同組合の理事長を務めている。
 産学官の事業の橋渡しや、市町と民間事業の新たな事業展開の手助けなど、更に昨今、「民間提案型継続雇用創出事業」(ふるさと雇用再生事業)に、石川県の方へ応募したところ、11月末には、見事に認められ認定されました。
 この事業は、重点戦略として「交流が盛んな特色ある地域づくり」に該当し、「産学官連携による県内在住外国人を活用した海外誘客を受け入れる体制整備と石川の認知度向上を推進する事業」で、石川県内でインターネットを活用し、翻訳サービスやアンケート等を実施するものです。
 実りある成果が、楽しみです。

 次に、長女の夫(婿)は、陰ながら努力し、畑違いの宅地建物取引資格試験に挑戦し、11月末に見事に合格をした。(合格率は、13.1%でした。)
 地元の消防団、白山商工会青年部、額振興会など、役員の立場で活躍をし、本職の団体の本部長として一生懸命、実を上げてきた。
 特に、今回の金沢市長選では、新人候補の事務所へ溶け込み、陰日向無く頑張り、当選するための一躍を担った。

 今や、息子たちが、羽ばたき成長する姿を見て、喜びは一杯であり、今後の更なる活躍を期待しているのは、“親馬鹿”なのかも知れない。

9.明春の統一地方選挙を目指して

 私の取り巻きに“縁「えにし」”の繋がりのある方々で「縁の会」の“政治セクション”を設立し、仲良く運営して来た。元・現の首長、県議、元・現の市議たちであり、今月の例会は、南加賀の首長が幹事をし、隣から、新規に統一選挙に出馬する方と、市議が加わった。

 今、私は、明春4月の県議選に、そして、市議選に、引退する後継者や空席を埋めるために、今回、初出馬を目指し初議席を獲得したい方々を模索し、必ず実現したいと、日夜、努力している。

 1人でも、多くの仲間を・・・同志を増やしたいと願いを込めている。

8.友人の栄冠と新組織の次への戦略

 同年の二方が栄冠を手にした・・・。

 3月には「工学博士」と成った友人は、還暦を機に母校の大学院の博士課程へ進み、博士号を取得した。私たちの年代で、このような目的を立て、完遂するとは“快挙”であり、“素晴らしい”と云う他は、何もありません。

 一方、もう1人の同年の友人は、取り巻きの環境や立場が違う中でも、以前には、予特の時間を譲り交換したりする間柄で、真面目で信頼の出来る方でした。今年6月に、最大会派の順送りの議長人事があり、南加賀の方が就任した。
 この折、私は、友人に申し上げた。
“貴方は、永い間、最大会派と行動を共にし、私の目から見ても、随分、協力されて来たと思う。今、議長に成られた方は、人柄からして、12月に議長をこの方なら譲って頂けるのではないか・・・。過去に、明春、選挙の年の12月に、能登の方が議長に成ったと云う例がある・・・。”
 そして、その後、この方は、早々と“組織の定年制”を基に、今期で引退をすることを表明された。正に、最後のチャンスを・・・。
 平成22年12月15日、県議会の最終日に、私的交代で、少数会派にも拘わらず、議長に就任しました。
 この快挙は、ご本人の「実績と人徳」と又、譲られた方は、想定した通りの「人柄」のお方で、自分に与えられた任期を途中で退任したことでの実現でした。

 しかし、その事を半年前、想定し、正に、その通りに成ったと云うことは、私の“洞察力”も捨てたものではありませんでした。

 尚、これから設立予定のホールディングスを主とする新企業や、今年に設立した「金沢井波線にバスを走らせる会」と「金沢椿の会」は、確実に次への戦略を起て、着実に前へ進みたいを思う。

 “金沢駅から隣の南砺市までバスを走らせ”、この間の“杜の里から金大経由、井波線から南砺市の井口町”まで、「椿エリア」「椿ロード」にしたいと考えている。

7.石川県柔道整復師会などとの信頼関係

 柔整師会の他に、顧問を努める兼六園観光協会、柿木畠振興会、県鍼灸師会、北陸警備業(協)、県ボイラー業(協)、県猟友会など、スポーツ面では、県ライフル射撃競技協会会長、金沢南地区マレットゴルフ協会会長、金沢南地区女子バレーボール協会会長、日本グランドヤード会長など多数に携わっております。

 中でも、昨今、柔整師会とは、極めて濃厚な中身のあるお付き合いをしております。又、他団体とは、日増しに意思疎通を図りながら、信頼関係を構築している状況です。

 特に、群を抜いて、濃密な関係に為ったのは、県柔整師会であり、最近では、上部団体の日本柔整師会の諸問題に入り込み、発展的な中で真剣に取り組んでおります。
 尚、柔整師の資格のみで、保険申請をするシステムに、諸問題が発生していることから、統一をして、法律等の改正など、上級官庁の指導要綱が伝達出来るよう、更に、不正や特殊な外部業者が蔓延し、むやみに保険料が増大しないようにすることが、急務とし、窓口団体を設立することである。勿論、それには、法制化をしなければと思い、去る、12月22日に上京し、政権与党の窓口(政治主導)の方と面談をして、今後の対策など協議して来た。
 更に、柔整師会としては、医師会との差別の解消や、機能回復分野への進出、そして、公共機関での地位向上及び専門委員会への参画や、表彰対象としての存在感など山積みである。

 目標をもって、一つ一つクリアをしたい!柔整師会とともに・・・!

2010/12/21 火曜日

6.石川県鳥獣被害防止対策連絡会の成果と次への挑戦

 平成17年、鳥獣被害に対しての市民の関心度が低く、“特定の地域”や“関係する団体”等の話題として扱われていた。
 尚、専門的立場であった猟友会では、内部組織の運営上の問題が浮上していた。昨今、激減していて、更に、減少し続けている会員数、平均年齢が60歳を超えている現状に、而も、適正に狩猟する期間、被害防止のための駆除、バランス維持のための放鳥並びに保護等の対応に行き詰まりを感じていた。
 特に、駆除隊を編成する上での公的活動に、年齢層が上がったため、なかなか隊を組めない・・・と云うように、支障を来たした。

 「駆除」と「保護」を共にテーブルの上に載せ、協議する機関、県内全地域で等しく「情報」を共有する場所を作るための組織の設立を目指した。
 しかし、関係者の石川県(環境部、農林水産部、県警)と市町村と県JAや県森連等に“「駆除」と「保護」は一緒のテーブルに載せることは難しい”と避けられ、協議の場所へは、顔を出してくれない状況でした。
 そして、危機感のある猟友会を中心に、少しづつ出来るところから賛同を得て、立ち上げたのが、「石川県鳥獣被害防止対策連絡会」でした。
県議の重鎮を会長に、副会長には県JA会長と県森連会長と私、理事長に猟友会会長、副理事長には県JA専務と県森連専務、理事・監事には、猟友会並びに賛同する市町村及び市町村等の協議会の代表者を、又、未加入の場合は、オブザーバーとして参加をしてもらい、組織を作り上げた。
 毎月、根気良く定例会を開催し、情勢を共有した。
アドバイザーとしての県自然保護課長、県農業安全課長、県森林管理課長、県警生活安全企画課長には、常時、出席して貰った。

 その努力が実り、実績として評価され、平成22年8月に“石川県鳥獣被害防止対策連絡会議”が県内全域より、関係者200名が結集して開催した。
 今日までの経過と新たに趣旨を説明し、北陸農政局長を始め、副知事や県議会の代表者等の臨席の方々や大会出席者にしっかりと理解を求めた。

 尚、今年は、特に、大型の熊やイノシシの出没が目立ち、人身被害を含めて、作物被害が多発した。更に、宝達山を北上し、中能登から奥能登へと範囲を広げ、県内一円の話題(問題)として、クローズアップがされた。県議会、市町議会で、何度も取り上げられ、今日まで少なかった関心度が増して来た。
又、銃事件が多発した折、「石川県銃砲関係連絡会」を県警の指導の下に、銃砲関係五団体をまとめて発足した。

 以上、今日までの成果を称賛し、次の段階は、明年、平成23年4月には、窓口の事務局を県が引き受けることになっているので、このバトンタッチにより、組織を見直し、新たに未解決の問題を積極的に解決する、クリーンで強力な求心力のある機関として、生まれ変わることを心から期待致します。

5.全国初「砂防検定」試験実施と全国展開への第一歩

 「砂防検定」試験等の経緯については、先のブログで記述したとおりです。

 徒、平成15年頃、小泉内閣当時、三位一体改革推進の折、河川、特に砂防事業を直轄事業から、地方(都道府県)に分権する動きがピークに達していた。従来通りを主張する国交省本省、地方整備局、金沢事務所と連携を取り、石川県議会への仲介役をし乍ら、分権を主張する県知事、市町村長(石川県知事は知事会、金沢市長は市長会の全国のリーダー格)と対立しての行動でした。
 さて、そのテーマは「砂防事業は国の手で・・・。地震、台風、火山噴火等による自然災害「国土保全」は、国の責任で・・・。」を訴え、全国で初めての“石川県治水砂防大会”を石川県議会議事堂大会議室で県内各地より約400名が結集し、国会議員、国交省砂防計画課長、県議長、県議、市町村長、市町村議の臨席の上、開催した。
 勿論、県議会で全会一致での意見書を可決し、国会提出など、様々な行動をしたお陰で、その流れを阻止し、元の鞘に収まった。

 しかし、その折、防災事業としての砂防事業の重要性を再認識し乍ら、一般市民の関心度、優先順位から鑑みると、低く乏しいものであることに気付き、何かの対応策を講ずる必要性を痛感した。
 又、平成の市町村合併が推進される中、「全国治水砂防協会」の会員である市町村長が激減員することが予想され、各地区では、賛助会等の設立する動きが出始めた。

 そこで、石川県議会に「石川県議会砂防事業促進研究会」を有志12名で発足した。
翌年からは、県市町村議会に呼び掛け「石川県市町村議会砂防事業促進研究会」を、砂防事業に携わる建設業の土木・法面・コンサル・測量・調査による「石川県砂防事業促進関連業研究会」を発足し、既存する「石川県砂防協会」に加え、“砂防関連四団体”として、全国で初めての強力な「連合体」が出来上がった。
 先の件(三位一体改革)での敏速な対応は、この「連合体」のお陰であった。

 次に、本省の砂防部長、県土木部長の臨席の中での“四団体顔合わせ会”で“一般市民に普及するための事業を展開しよう”と云う機運が高まった。
 其れが、第1回2005「砂防フォーラム」白山、第2回2006「砂防フォーラム」七尾、「土砂災害全国大会」と併合しての第3回2007「砂防フォーラム」金沢、奥能登震災の後での第4回2008「砂防フォーラム」輪島でした。
 一般市民(町会区長会、老人会、青年団体、女性団体など)が主催する内容で、全く公的助成金を受け入れないと云う特殊事業で「砂防関連四団体」がサポートしての「催し」でした。

 今や、世界中で異常気象による自然災害は、起き続いている。本県では、福水町の土砂災害、奥能登震災、浅野川河川災害等が起こり、尊い生命や貴重な財産を失っている。何時、起こるか分からない自然災害、特に、昨今の局地的大雨に対して、日常を市民は脅かされています。
 そこで、平成21年に、4回に渡って各地でのフォーラムをお世話をされた実行委員を中心に、白山砂防等の現地視察を・・・。翌年、平成22年から「砂防検定」試験を実施した。

4.芸術院会員(人間国宝のワンランク上)をサポートして

 もう、4年位前になるだろうか・・・。
能美の友人からは“親戚の件で相談がある”とアポがあり、直ぐに、事務所を尋ねて来られた。
内容は、“家内の身内の陶芸家を芸術院会員にするための支援をお願いしたい”と云うものでした。
勿論、「実績、功績、資質も備わり、充分、推して文句の無い」お方でした。

 しかし、この世界は、特別な方法で選ばれるという、基準やそれぞれのクリアしなければならない段階もあり、なかなか理解出来ず、時間を要した。
只、格式は高く、「人間国宝よりもワンランク上」と云うことで、選考の方法や基準の違いがあっても、分野毎の数や、空席が無ければ就任出来ないという特殊な世界である事が、日増しに理解出来てきた。

 早速、各界で活躍し、交誼を頂く方々に呼びかけ、“趣旨の理解と協力”を求めた。20数名の方がポケットマネーをもってサポートをする後援会を発足した。
 この組織は、代表制の2名で、金融機関の代表者を監事に据え、強力な後援体制となった。
その年と次の年にも挑戦しましたが、全国の選考者の過半数を獲得するに至らず、無念の結果となった。3年目に後援会総会を開催し、“3回目を最後の挑戦と思って、全力で頑張ってほしい”と全員で熱い気持ちを込めて励ました。

 そして、平成21年12月から平成22年1月にかけて、先生(陶芸家)は全国を股に掛けて精力的に運動を展開された。平成22年2月に、努力の結果、3回目にして、芸術賞を受賞する運びに至った。私たち会員一同は、高いハードルの第一段階をクリアしたことの喜びを、先生と美酒を味わった。

 平成22年11月26日(金)、友人からの1本の電話は「芸術会員」に内定したという知らせでした。同月の29日に、正式に決定、30日に報道機関から発表と云うもので、予想より早い吉報に対して、嬉しさを隠し切れませんでした。

3.金沢市長選に拘わる総括

 確かに、素晴らしい「実績と功績」を積まれ、豊かで高い見識を備え、尊敬されるお方(前市長)でした。

 しかし、「6期目の挑戦」「79歳の高齢」から鑑み、“個人の方の思い”特定の方が、燃焼(市政の停滞は許されない)するまで、舵取りをされることは、如何なものか・・・。
 そこで選挙戦の焦点は、“継続”か“変革”かであり、“老練”か“新人”か又は“内部昇進”か“外部信任”かなどの選択肢であった。
 私は、ホームページに詳細を記述した通りで、新人を極力支援し、金沢市政の“塵も積もった垢”を落とし、流れを変えようと決意した。金沢へ来て、居住して15年目の総括と思った。

 さて、新人が当選したことで、金沢は必ず変わる。又、金沢市民は、全国に誇れることをここに、立証した。

 「奇跡」ではなく、「現実」である。

2.Ikoc業務の未来

 Ikocの業務は、高速道路に携わる内容が、突出してウェートを占めていた。新しい考え方を取り入れ、事業を見直し、少しづつ未来の経営に向けて、針路を変えてきた。
 しかし、中央の政治に対する不信と、高速道路社会の変化する仕組みに不安を隠すことが出来なかった。
 “幸か不幸か”政治の不安定から、当面、従来のシステムの一部が継続されることが確認出来、今はホッと安堵している。

1.父の「偉大な遺徳」

 9月4日に、満90歳で他界した父(法名「慈光院釋義山」)は、これからの私の人生にとって、改めて、見直して、考える機会と極めて大きな影響力を与えてくれたと思う。
“人のお世話をする”“人様を大切にする”“周りの皆、仲良くする”など父の意思を確認し、家族、親戚、地域関係者などの存在をしっかりと見直し、何が最も大切であるかを教えて貰った。

 そして、その後、「父の後押し」と思える幾つかの“強運”の境遇にあった。(次項の2~8の通り)

平成22年「十大ニュース」田中博人編

1.父の「偉大な遺徳」
2.Ikoc業務の未来
3.金沢市長選に拘わる総括
4.芸術院会員(人間国宝のワンランク上)のサポートをして
5.全国初「砂防検定試験」実施と全国展開への道
6.石川県鳥獣被害防止対策連絡会の成果と次への挑戦
7.石川県柔道整復師会などとの信頼関係
8.友人の栄冠と新組織の次への戦略
9.明春の統一地方選挙を目指して
10.息子たちの成長に微笑

【総括】

2010/12/13 月曜日

6.宇宙をさ迷う政府与党・・・!「微弱な体質と戦略」

 “迷走する政府与党”何度か新聞のタイトルとして活字になったことか、「方向も、リーダーも」見えない、正に、完全に自信を失った姿である。さて、根無し・・・の微弱な体質を国民に見透かされ、さらけ出してしまった政府与党は、“経験不足”と“情報不足”と“官僚の対応”など、堕落してしまったことでの「戦略の失敗」と云える。

 前項に記述したことは、昨今の“国民の声”であり、政府与党への“信頼と期待”が裏切られたことに対しての、“悔しい思い”である。

 “待ったなし”の「国政」、“停滞が許されない”「国民生活」、“生きた高度な情報が求められる”「外交」、一寸の隙の無い緊張感の中で舵取りしなければならない。

 正に残念で歯痒い与党の動きである。その要因を分析して見た。

1)野党時代の視点、人間関係、情報などは、オールラウンドで無く、特定の人の考え方と情報不足からであったと云うこと。
2)前提を基本にした“選挙公約”や“マニフェスト”を「葵の紋」であるかの毎く、絶対的であると掲げている。先の総選挙での国民の示した結果(考え方)は、“マニフェスト”を信頼しての支持では無く、“政権交代”をさせたいと願ってのものであった。
3)二年前に比べ、財源(税収)が9兆円位減である。にも拘らず、真に“国民の求めている声”を正確に聞くことの出来ない組織、病んでいる心(野党時代の延長「自然に身に付く」)、的確に捉え、敏速に指揮する司令塔の欠如である。
4)「政治主導」の取り扱いの勘違いとちぐはぐな官僚の存在。

 さて、「政治主導」と言い切り、あらゆる決定を主として、バッチ組で行うことは危険であり、有頂天になっている。正に、自惚れとしか思えない。
 前項に対して、「国民の支持」を貰えるには、適正な情熱と経験からの実績が無くてはならない。
 今日まで半世紀以上に渡って、政権を担当してきた自民党を「悪」と挙げ、共に行動してきた官僚を同罪と見て全く聞き入れない体質に疑念を覚えたものです。

 何分にも、革命に近い「政権交代」をしたことは間違いない訳ですが、内外、特に、国も地方も停滞なく日夜働いていることから、今日までの予算や国と地方の仕組みを破棄して零から遣り直しをすることが出来なかったことです。
 従って、“無駄を排除”し、「組織や予算」を仕分けをして、財源を見い出すことの姿勢は、「国民の支持」を得たが、既設の機関や実績を積んで運営している中から捻出することは、限界があり、無理があった。

 もっとも、“頭の良い”見識豊かな官僚の考え方や使い方のちぐはぐさが、多くを起因している。
 初めての経験(政権交代)から官僚も戸惑いがあったものの、彼等は意識改革をし、国家、国民のために、「共に働く」思いが強かった筈であった。それには、暫く与党としての経験を積み、的確な情報と慣例から来る判断の検証を作る指導経験、官僚との信頼関係の構築を最優先とすることでした。

 焦らず、徐々に拙速しないで「政治主導」を「建前から実」に変えて行く戦略が大切であった。
 しっかり政権を握って行けるのか、その期待感から国民は、諦め掛けている。
 しかし、零では無い、今一度、原点に返り、純な気持ちで、間違いを詫び、遣り直しをすることが今、ベターと云え、否、ベストである。
 そして、国民はきっと許すであろう・・・。

5.マレット協会、納会「充実する愛好会」

 金沢南地区マレット協会を設立し、会長に就任した。

 そして、活動を共にして、既に6年が経過し、今や年々、会員が増え続け、150名を超える団体となり、充実発展した。
 本会員は、金沢市に在住するものと限られるが、参加エリアは、市内の中央地区、東、北、西地区など全域に渡っている。
 特に、夫婦での参加が多く、様々な職業の経験者など、個性豊かな中にも良識と人間的資質を備えての善い方々許りで、楽しい限りです。

 11月末の納会に、総合成績を加えたことで、更に楽しみを増やすことになった。私の取り巻きのスポーツの数多い団体の中では、特に、信頼と心を許せる組織であり、特に、役員とは、“意思疎通”を図れる唯一の団体となっている。

(5)平成22年11月28日(日)「砂防検定」試験実施

 白山市会場は午前中で、午後は、七尾会場で同趣旨の内容で行い、中学生、高校生、一般男女、経験者等、幅広く、1時間半の講習の後、1時間の試験を実施した。
参加者は、両会場に於いて、180名になり、合格発表については、年内(12月中)予定である。

(4)「問題」づくりと「試験」内容

 全国初めての事であり、砂防関係の全国レベルの機関の経験豊かな立場の方から問題集の草案の提供を受け、その資料を参考にして、審査委員の手でつくり上げた。
 「試験」の内容も、5級~1級まで、5段階に区別をし、今回実施予定については、5級~3級までとした。尚、5級(中学生)40問、4級(高・大学生、一般)60問、3級(経験者等)80問の内容で実施した。

(3)審査委員会の設置

 「検定」試験を公正に、高い視点から、市民や関係者“各界各層”から認められる方を実行委員会で選考し、委嘱した。
 勿論、問題について、関係者から提出された内容を加え、独自で協議をし、又、初級から経験者まで5段階の区別を図った。
 委員の構成は、県職の部局長経験者で砂防職の方や金沢大学の准教や国交省及び県砂防課並びに関連業の中から、それぞれ各1名の5名とし、内、1名を委員長に、1名を副委員長として選任をした。

(2)実行委員会の設立

 「砂防検定」試験について、財団の役員会は、検定業務を、実行委員会を設立し、独立して実施するため、委嘱をした。
 委員は、財団の役員から2名、砂防事業の経験者(国交省OB2名及び県OB2名)4名と6名で構成し、内、1名が会長、1名が副会長として選任された。又、特別顧問として、県砂防協会、県市町議会砂防事業促進関連業研究会、及び、NPO県砂防ボランティア協会から各1名の代表者に委嘱した。

(1)財団法人組織の充実

 県内に限定していたエリアを拡張し、全国展開を前提にするために、先ず、名称と目的(事業)を増やした。文化(C)関係から新たな事業の砂防(S)とスポーツ(S)を含めて、頭に「日本」を…更に、「CS(シーエス)」を付け、財団法人「日本CS振興協会」と称した。
今日まで役員会は、単独であったため、今回、評議員制度を採用し、今日までより、広く、公正に運営されることを目指した。

4.「砂防検定試験」実施(全国初)

 近年、地球温暖化等による異常気象により、自然災害が多発し、尊い生命や財産を守るため、日頃の防災対策などに市民の関心が高まりつつあります。
 局地的大雨等による洪水や土砂災害、地震や火山の噴火等による破砕流や土石流など、又、急傾斜等による崖崩れ、或いは、地すべり等、その被害は、人命や公共物(施設、道路、橋梁など)民家や田畑や植林など、幅広く、それは膨大なものです。

 そこで、危惧した県砂防関係四団体では、2005年(平成17年)に白山市で、「砂防フォーラム」を市民の手で実施したことを皮切りとして、2006年に七尾市、2007年に金沢市で「土砂災害全国大会」を併用して開催し、2008年は能登震災の翌年であったことから、輪島市で、それぞれ行った。
 何れも、町会区長会、女性会、青年会、老人会等の市民の手によって実施したものであり、尚、砂防団体は、協力団体の立場で、サポートをした。

 2009年「平成21年」には、今日まで4回に渡って「砂防フォーラム」を実施した時の実行委員会の委員を対象にして、現地視察を計画した。行き先は、「白山砂防」の直轄事業と補助事業の旧鳥越村など水際の整備事業、及び、旧鶴来町での急傾斜地対策事業の3箇所です。
 “「白山」が1年に7cm〜15cm位動いている・・・。”地域に密着して公園整備のような事業、崖や急傾斜地の土砂災害を防止し、寺院や民家を守る事業など、真新しい現状を踏まえ、興味深く、現地の視察をした。

 過去4回、4年間での「砂防フォーラム」と、昨年の現地視察を鑑みて、今年は、一般市民に、更に、防災事業である「砂防」事業に対して、普及活動を継続し、尚一層、理解、協力を得ることを目的にして、新たに「砂防検定」試験を(1)〜(5)のように実施するものです。

(1)財団法人組織の充実
(2)実行委員会の設立
(3)審査委員会の設置
(4)「問題」づくりと「試験」内容
(5)平成22年11月28日(日)「砂防検定」試験実施

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