2011/8/24 水曜日

河内小中学校統合40周年の歴史に思う

「40年の重さ」
 河内小中学校統合40周年、心からお慶び申し上げます。
さて、40年前の歴史を振り返り、自分と重ね合わせて見ることにしました。
昭和44年に国家公務員(当時の建設省)を辞し、叔父の友人である県議を国会へ送り出す選挙戦に携わり、勝利を得て、その年に結婚をしました。翌年、昭和45年に長男が誕生し、昭和46年には、隣村の村長である叔父が県議選に出馬したことから、弱輩であった当事の私達 若者は、エスカレートした中で初当選を果たしました。その叔父も県議を10期40年間全うして、今春、勇退をされました。

「世情の変化」
 正に、激動の40年間でした。高度成長時代、バブル時代、そしてバブル崩壊と景気悪化から低成長時代、更に、景観、環境を重視するようになりました。又、福祉事業の促進と充実を諮り、遂には少子高齢化時代を迎え、人口減少化時代に到達しました。

「自然災害の奇襲」
 4年余前に奥能登震災を経験し、3年前には浅野川上流での想定外の局地的大雨による水害で、金沢市内に被害を齎しました。さらに今年3月、東日本地区を襲った未曾有の大震災は、日本国を沈没寸前にまで追い込むこととなりました。

「防災への意識」
 確かに「地震と津波と原発」の3点セットで、被災地のエリアは余りにも広範囲であったことから、多くの課題を提起するに至り教訓となりました。尚も復旧途上であり、日本国の再建に向けて、今は国民が一致した心で挑むことを痛感しています。又、多くの国民は、防災に対する意識の高揚と原発に対する考え方が、より専門的に見直しを求め、慎重になりました。

「自分の政歴」
 昭和50年には、河内村議会議員に28才で初当選し、昭和56年には、議長に就任、昭和58年に議長再任と同時に石川郡町村議長会 会長、石川県町村議会議長会 会長、更に、全国町村議会議長会 副会長に就任し、また政府等関係の審議員も歴任し、昭和天皇のお招きによる園遊会に出席する栄誉に浴しました。
 昭和59年に、恩返しのためにと村長に出馬し、初当選以来、連続三期間無投票当選をし、平成8年に金沢市へ移り、県議四期連続当選を果たし、現在に至っております。

「分村から大型合併へ」
 昭和26年に河内村が「河内村と一の宮村(中島・白山・三の宮・八幡・日吉)に分村し、平成17年には一市二町五村が平成の大型合併をしました。県下随一の面積を誇り、石川の象徴「白山」を抱え、それを源とする県下最長の手取川を有し、金沢に次ぐ人口の「白山市」が誕生しました。

「海よりも深い愛着感」
 私にとって、長男・二男・長女と二男一女の3人ともが学んだ校舎、私の村長時代に微力乍ら教育に尽力を注ぎ、又、タイムカプセルを校舎敷地に埋設したことなど、統合小中学校の思い出は沢山あります。
 40年の歴史は、海よりも深く、山よりも大きく、更に重いことを、今一度知り得る機会にしたいと思うものです。又、私の歴史でもあります。

「実行委員会の設立」
 今回の統合40周年事業を目指して、前回の実行委員、所謂、同窓会役員の招集があり、そこで出席者の長老から「40年も経つと最高年齢は、55才に成っていることから、統合後の卒業生を中心に実行委員会を編成されてはどうか・・・・?」と云う発言から、早速、協議の結果、その方向で勧めることになりました。
 学校側の校長、教頭やPTA役員を軸に、検討を重ね、新たな実行委員が提案され、承認した上で、次の段階に向けてスタートを切りました。数回の委員会を開催した中で、分科会(専門制)を設けることになり、委員がそれぞれの責任を持ち真摯に取組んで来ました。

「協力者への呼び掛け」
 最も難しい役割分担は、景気の悪い中での広告費の勧誘で、而も予算の中でも大きなウェートを占めていました。旧河内村、又、現在の学校、支所、並びに保育所等を初め河内町の商工産業関係者、及び、金融機関や公的機関など、更に主要企業、卒業生の個人の有志などに、着実に働き掛ける等、委員一人ひとりが協力を求め、お願いに各社を訪問した結果、温かい“ご理解”を頂き、感触の能い協力を得ることができました。

「新たな友情」
 “統合40周年”と云うビッグ事業を推進しようと何回も委員会を開き、学校側、PTA側、同窓生側など、それぞれが充分コミュニケーションを諮り乍ら勧めて来たことで、より深い友情関係が構築されました。
 関係者の一致した協力の基で、記念式典の日を迎える運びとなりましたことに対して、心から御礼申し上げます。

河内小中学校統合40周年記念実行委員会
           会 長  田中 博人(36年度卒 河内小中学校同窓会長)

2011/8/18 木曜日

2.減らない保険金詐欺

 保険金詐欺は、一向に減らない、懲りない現状を打破する必要性を痛感する。
一昨年の仕分けで指摘されたにも拘わらず、打開策が見出されていない。

 柔道整復師業界の大きなアキレス腱であり、悩みとされ、その要因は、施術側とクランケ側の両者にあると確認されている。特に、施術側に対し、不正を働けない環境づくりをするべき「法の整備」が急務とされる。

 本業界では、保険を活用するのは、柔整師の資格で個人や団体を通じて請求を行う事が出来、代理業を含め、その団体は多数(100以上)に及び、指導の徹底や管理・監督をする上にも、限界であることが明らかになっている。

そこで、次項について、法制化を求めるものです。

(1)保険金の請求窓口の一本化。「機関の設立」
(2)年一度以上の講習会への受講の義務化。
(3)法律や規定等の改正など、指導の徹底と情報の共有化を諮る。

1.国家公務員の定年延長(日経8/9参考)

 国家公務員の定年延長を2013年度に向け、人事院が素案を明らかにした。

公的年金の支給開始年齢の引き上げに合わせる。

2013年度(平成25年) 定年61歳
2016年度(平成28年) 定年62歳
2019年度(平成31年) 定年63歳
2022年度(平成34年) 定年64歳
2025年度(平成37年) 定年65歳

人件費の膨張を防ぐためには、

60歳超になると50歳代後半より、3割削減
60歳で管理職から外れる役員定年制の導入
60歳超を対象に、短時間勤務制を導入

役職定年後には、

スタッフ職に異動
公益法人への派遣制度の拡充
事務次官級は対象外
局長級の役職定年の引き上げ

 但し、人事の停滞と定員枠の大幅削減等を打ち出しているにも拘わらず、ここで、何等、示されていない事に対して、懸念する。

ちょっと気になります。

1.国家公務員の定年延長
2.減らない保険金詐欺
3.自転車道整備のガイドライン(8/3(水)建工新聞参考)
4.北陸の旅行先満足度(7/28(木)日経新聞参考)
5.夏ツアー回復の兆し(7/27(水)日経新聞参考)
6.偉大な朝鮮王と竹島問題
7.「行政用語」と「県庁ことば」(8/13(土)北國新聞参考)

2011/8/9 火曜日

2011年8月の言葉

 過(あやま)ちて改めざる、
         是を過ちと謂う

     
            -論語-
  失敗や間違いは誰にでもあることであり、それ自体は仕方のない
ことであるが、大切なのは同じ失敗を繰り返さないことである。
それができないことこそ本当の過ちである。
失敗や間違いを嘆いている暇があれば、同じ間違いを犯さない
方法を考えよう。
 

                                       平成二十三年八月一日

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