2012/5/22 火曜日

(8)友人が平成24年春の叙勲を受章

 この業界の受章者は、前会長以来2人目となる。

 柔道整復師の地位の向上と社会貢献への認知、又、将来の会員の励みなど大変重要なことであるため、従来率先して、私がサポートしてきた。

 本人の実績、人柄は申し分ないことで、昨年の日本講道館伝柔道八段昇段に加えお目出たく、私も喜ばしい限りです。
私の周りに慶事が続くことは、何よりも倖せであり、日頃から厚誼を頂いている友人の木山時雨氏の受章は、私にとって、真に嬉しい。

(7)砂防事業に貢献したことが認められ、国交大臣表彰を受賞

 長年にわたって砂防事業に貢献したことが認められ、平成24年度の国土交通大臣表彰を受賞する栄誉を得た。

 平成24年6月6日に、国土交通省及び、長崎県主催の今回で30回目となる土砂災害「全国大会」長崎会場で表彰を受けることになり、家内と出席することにした。

 想えば「砂防」とご縁を頂いたのは、40数年前 建設省北陸地方建設局 湯沢砂防工事事務所へ入所以来、金沢工事事務所、白山砂防出張所へ配属となるなど、一貫して「砂防」事業所に所属し、今年白山砂防100周年を迎える直轄事業地の市の瀬が、最後の勤務地でありました。

 
 又、昭和50年 旧河内村議会議員に初当選以来、昭和54年に村長に就任し、更に平成8年に退任するまで、白山砂防事業の促進に尽力し、石川県砂防協会の理事及び会長を務めた。

 
 平成11年に石川県議会議員に当選して、早速県議会で石川県議会砂防事業促進研究会を発足し、市町村議会の石川県市町村議会砂防事業促進研究会並びに、専門業者(土木、測量、調査、コンサル等)による石川県砂防事業促進関連業研究会の設立にサポートをして、従来の石川県砂防協会に加えて、砂防四団体として協力体制になった。
 尚、地方分権「三位一体」改革推進の際、“国土の保全は国による直轄事業で”を訴え、全国で初めて石川県治水砂防大会の開催を企画し、実現した。又、砂防事業の必要性と直轄事業としての位置づけが認められた。

 
 更に、砂防事業の重要性を一般県民に啓蒙し、理解して貰うため、市民が自ら勉強する事業を企画する方向で検討した。
 平成17年に、初めて第1回の砂防フォーラムを加賀地区を対象に白山会場「クレイン」で開催し、次年度の平成18年は能登地区を対象に七尾会場で、平成19年には土砂災害「全国大会」の誘致を取り付け、全国大会と併せて、金沢地区として金沢会場で、更に平成20年に、能登震災の翌年と云うことで輪島会場で開催した。この間、総て、町会連合会、女性会、青年会、商工会議所、商工会などが主催し、速やかに推進されるよう砂防四団体がサポートをし、常に側面的に支えてきました。
 平成21年度には、過去4回の実行委員を務めた一般市民を募集して、白山砂防の直轄事業と県の補助事業箇所をバス2台で視察をした。
 平成22年~23年の2年にわたって砂防検定試験を行い、地域の安全指導者の育成と専門技術者の確立、又、将来の国家資格を目指し、更に全国展開が出来るよう、砂防事業の普及促進に努力してきたことが、今回認められた。

(6)気品尊厳で格式ある結婚式にご招待を受ける「平成24年5月19日(土)」

 久し振りに大谷家の結婚式(15年ぶり)にお招きを頂戴した。

 大谷家は昭和皇后のお里であり、お招きを受けた大谷鴨順氏は平成天皇の従兄弟に当たる。(親鸞聖人の血筋であられる)
 尚、神社本庁前統理で、明治天皇のお孫さんにあたる宮さんの久彌邦昭ご夫妻がご媒酌人であられ、私が過去2回、このお方の感謝状を受けています。

 今回は金沢市内の信仰心の厚い親戚の方を推し、結婚式にお招き頂けるように依頼した。
そして、願いが叶って、この度は信仰心の厚い親戚の方と2人で出席することになった。

5)-4「褒章受章祝賀会」DVD放映

 平成24年3月11日(日)に行われた、「藍綬褒章受章祝賀会」と共同の「協同組合全国企業振興センター創立20周年記念祝賀会」の約4時間にわたるセレモニーを13分間にまとめたDVDを出版記念パーティーで放映することにした。

 開始前に、第1回目を、本番中の祝宴に入ってから第2回目の放映をし、祝賀会の様相をパーティー出席者に披露した。

5)-3発起人、招待者、主要ゲスト

 「発起人」は、藍綬褒章受章が、商工会を通じての関係団体の代表、県内全市町(特に金沢市内の各地)、尚、日頃からのご交誼を賜っている方々の中から、又、自叙伝出版にあたって御協力頂いた方々に御依頼を致したものです。

 「招待者」は、経済活動関係者並びに、後援会の地区校下町会及び企業・団体など、又、友人知人を加えたものでした。

 「主要ゲスト」は、公表後に祝意を示して頂いた国会議員2名のお方と、砂防事業や日頃の活動の中で、ご交誼を頂いている方と限定いたしました。

5)-2会場、司会者、アトラクションの決定

 「会場」については、多勢であるため、限られるわけですが、中でも著者の親戚の方と、更に、地元額地区の強力な支援者の家族のご子息が勤務し、窓口となっていたことから、金沢日航ホテルと決めた。

 「司会者」も関係者が沢山いるものの、今回は、諸江地区に重きを置き、フリー司会者の連由夏さんに決め、

 「アトラクション」についても、太鼓は、諸江の子どもたちの和太鼓「つばさ」と地元の富樫「風陣太鼓」とし、民謡では、著者が顧問を就とめる、一川明宏社中の三味線と江差小唄の中村栄一社中の組み合わせによる合同共演と決めた。

5)-1困難を克服

 この出版記念パーティーを開催するにあたり、困難なことが多々ありました。

(1)先月の3月11日(日)に【褒章祝賀会】を行って一月足らずの28日目に・・・と云うこと。
(2)【褒章祝賀会】との関係を整理し、紛らわしくないようにするため。
(3)発起人など、ご依頼の了承を願わなければならなかったこと。
(4)県議会、市町議会の終了を目安としたこと。
(5)そのため、招待状の発送が3月26日になり、各位の案内状の到達確認が2週間足らずと短期間になったこと。
(6)年度末と年度始めの慌ただしい折、特に、諸行事や人事異動の時機であること。
(7)又、短期間であったことから、既に、予定(町内行事や法事など)が入っていた方が多かったこと。
(8)二つの大きなプロジェクト(イベント)が集中したため、事務が煩雑で、スタッフに無理がかかったこと。

などでした。
しかし、全員野球で、多くの皆様の温かい「理解と協力」と力強い「ご支援とご厚情」のお陰で、実現することが出来ました。

 本当に、有難うございました。

(5)自叙伝【名実一体】出版記念パーティー「平成24年4月8日(日)」

 平成24年4月8日(日)、自叙伝【名実一体】出版記念パーティーが行われた。

1.困難を克服
2.会場、司会者、アトラクションの決定
3.発起人、招待者、主要ゲスト
4.「褒章受章祝賀会」DVD放映
5.挨拶・登壇者(PDF)
6.主要ゲスト(PDF)
7.次第に基づいて(PDF)

2012/5/16 水曜日

4)-7DVD放映

 「未来へ、20年の歩み」のDVDを途中13分間、放映した。
アイコックの20年の変遷を鑑みて、まとめたDVDを出席者に披露した。

4)-6催し物、エンターテインメント

(1)司会者
  フリー司会者の里中千美さん(着物姿)
(2)ピアノ演奏
  ピアニストの田中有加(受章者二男の嫁)と徳力清香さん(有加友人)
(3)金沢素囃子
  長唄「操三番叟(あやつりさんばんそう)」
  五穀豊穣を祈って、「東茶屋と主計茶屋と西茶屋」の総勢11名による素囃子
(4)歌謡ショー
  歌手の白石あつこさんが4曲をエンターテインメント
  1.愛しき瞬間(いま) 2.誘われて兼六園
  3.ハッピースカイ「いつでも微笑を」 4.花
(5)青年部の主張
  19商工会の青年部代表が、一同にステージへと登壇し、各自が単商工会や青年部活動のアピールをした

4)-4東日本大震災の一周年日

 この日(平成24年3月11日)は、東日本大震災から一周年の日であることを承知の上で、敢えて設定致しました。特に、「発生日と現況を踏まえて、生涯忘れることのない日として刻み、加えて、一日も早い復興を願ってのもの」でした。

4)-3会場等の決定

 会場は、地元で、日頃から長きにわたってサポートを頂いているホテルとしたことから、招待者を着席で、最大300席と限定した。金沢国際ホテル2F「フォレストフォート」。

4)-1招待者のこだわり

 先ず、祝賀会への招待者については、先に示した通り、今回の受章は、経済活動での実績が褒章受章対象となったため、次の関係の方々に限らせて頂きました。

「商工会とその取巻きの関係団体の代表」「商工会員として所属する団体(白山建設、全国企業振興センターとその関係団体の代表)」「今日まで勲章、褒章受章者で、お招きを頂いた方々」「家族、親戚、縁の会に所属の代表の方」「監督及び上庁官庁の代表並びに住まいする自治体の代表」「受章公表後に祝意を示して頂いた経済人の方」です。

(4)「藍綬褒章」受章、共同で「協同組合全国企業振興センター」記念祝賀会

 “感謝、感謝、感謝”「感激と心を込めた心境」・・・“生き様”と“人”に「酔う」300名。

 去る、平成24年3月11日(日)に、平成23年秋の褒章で「藍綬褒章」受章記念祝賀会を執り行った。
尚、平成3年に創立した協同組合全国企業振興センター創立20周年記念祝賀会と共同したもので、東日本大震災の発生並びにIKOC役員関係者の身内の不幸と重なり、越年し、今日に至ったものです。

1.招待者のこだわり
2.発起人(PDF)
3.会場等の決定
4.東日本大震災の一周年日
5.展示(PDF)
6.催し物、エンターテインメント
7.DVD放映
8.登壇者(PDF)
9.祝賀会の次第、あらすじ(PDF)

3)事務所所在地とスタッフの異動

 発足時は、主たる経営を福井県のS氏が仕切り、途中、放漫経営と不正等が発覚したため、同氏が失脚した。
当時の事務所は、本江町でスタートし、次に西泉のニューハウス工業のインテリジェントビルに引越し、本格的に全国へと展開した。
現在の所在地には、アイコックが土地建物を取得して、貸してあったものを、空けて貰ったものです。

 最初は、故人となったK氏と女性一人から、S氏が失脚してからK氏が専務を務め、女性職員が3名から5名となった。途中、事務局長や専務理事と云ったように、事務責任者が変わり、平成8年4月から私が常勤で指揮できるようになり、更に、全国展開を促進した。

 平成10年10月25日、理事会終了後、理事長の私を外し、相談をされ、副理事長のT氏のまとめで「物心共に、応援するから、来春の県議選に金沢市から出馬をして欲しい」「昨今の目覚しい仕事ぶりは、水を得た魚のようであり、政治の場が貴方に相応しく、不足かもしれないが、先ず、県議選へ・・・!」と持ち掛けられたものでした。
 さて、そこで、家族や親戚の了承は勿論ですが、出身の河内村の「理解と協力」を得なければ、再び政治が出来ないと、私は誓っておりました。ところが、12月までに、河内村挙げての水も漏れない体制ができ、後押しをしてくれることになった。(詳細は、先の「ブログ」や昨今出版した「名実一体」に記述の通りです。)

 平成11年4月の統一地方選挙で、金沢市選挙区より出馬して初当選を果たし、以来、連続4期県議を続け、政経両立をしています。
この20年間は、(1)営業エリアの拡張と名称変更(2)主たる取扱い先と業務内容の変化(3)事務所所在地とスタッフの異動の(1)~(3)の通り、正に、100年間を20年間に凝縮したように、「変化と極めて濃厚な」思い出の多い期間でした。

 そして、何回かの“紆余曲折”“窮地”を乗り越えて、多くの素晴らしい「人間関係」と云う財産を得た中で、今、この時「20周年」を迎えました。

2)主たる取扱い先と業務内容の変化

 道路公団の利用券の内容や、組織が一方的に変えられ、特に、昨今、振り回されるようになった。
 国の機関が、建設省と運輸省と国土庁が統合され「国土交通省」になり、日本道路公団が分割民営化され、窓口が中日本高速道路株式会社となった。

 自民党が与党時代、小泉内閣(扇大臣)の下で、公団の運営と割引に対する不信感が募り、現東京都副知事のI氏によって、大きなメスが入れられることになった。
 協同組合が、取扱い継続が出来るか、監督官庁の国交省へ何度も足を運び、不正防止の新たな提案をした。又、I氏の要請で、求められた資料を4回にわたって提出し、一部の不良団体と違うことを証明するために、協力を惜しまなかった。
その度に、対象額など、割引きの時間帯や率が変わることで、事務的に管理する上では大変なことでした。しかしながら、努力が実り、協同組合の取扱いが継続されることになった。

 3年前に、政権交代があり、無料化を唱えたり、区間などの一部無料化や割引きの箇所や時間の変更が余儀なくされた。
そして、東日本大震災で、特別に震災から復興を目指しての無料区間などが取り入れられ、更に運営は複雑化した。

1)営業エリアの拡張と名称変更

 当初、石川県内一円をエリアにしていた時の名称は、協同組合石川県共同事務センター、次に協同組合石川県企業振興センターと変更し、上部組織は、石川県中小企業団体中央会で、許認可が石川県知事でした。
 全国の名称を付けることは、北海道から九州まで組合員予定者を提示しなければならないこと。又、異業種の関係省庁の許認可と上部組織は、名古屋市内の通産省出先(現経産省)機関でした。
 従って、当時の通産省、大蔵省、建設省、運輸省、厚生省、警察庁、国税庁など、8省庁と内閣総理大臣の許認可が必要でした。

 文字通り、総てクリアして、「協同組合全国企業振興センター」として、名称の許認可が下り、それを機に、全国展開をしたものです。

(3)協同組合全国企業振興センター創立20周年記念

 平成3年に、友人が、石川県内で「最も人脈があり、速やかに、協同組合の設立と、主要組合員となる企業紹介の出来る人」と福井県の方に紹介され、携わることになった。

 私が河内村長時代の折、異業種の協同組合を設立して、高速道路の利用券等を主として、扱うものでした。
早速、優良企業を中心に呼び掛け、組合組織案を作り、金融機関の窓口と、名称を「石川県共同事務センター」として、石川県に申請し、平成3年5月23日に認可を頂いた。そして、理事長に就いたものです。

 現在も、愛称となっている「アイコック」とは、石川県の「I」アイと、共同の「K」ケイと、事務の「O」オーと、センター「C」シーから、綴って、IKOC「アイコック」としたもので、「協同組合全国企業振興センター」になっても、通称「アイコック」としています。

20年間の歩みの中で、大きな変化については、次の3区分に分けられる。

1)営業エリアの拡張と名称変更
2)主たる取扱い先と業務内容の変化
3)事務所所在地とスタッフの異動

(2)日本伝講道館参段に昇段

 昭和37年、「野球に情熱を注いでいた少年が肘を痛め、通院を余儀なくする破目となった。」
当時は、まだ市内電車が走っていて、寺町の高校から、小立野の岩井接骨院へ通院したものです。柔道との出合いは、院長が柔道の道場主でもあり、私が入門しました。
 僅かな期間ながら、師範である背の高い四段の方に、乱取りで稽古を付けて貰った。
その師範とは、現石川県柔道整復師会会長の木山時雨氏であったことが、後でわかった。
正に、「奇遇であり、能きご縁であった。」と感激している。

 平成11年、金沢市選挙区より、県議選に出馬し、初当選を果たした。
郷里の小中同級生で友人の吉田進氏が、友情を重んじ、副会長の要職を務める「県柔道整復師会に、私を紹介し、支援を頼まれた」。そのお陰で、柔整の支持を頂き、県議として政務に励み、今日、顧問としてご縁を頂いている。
 尚、吉田氏の後輩である窪田浩二氏との出会いがあり、窪田少年柔道倶楽部とも関わり、今日のように、顧問を務めることになった。

 石川県柔道整復師会及び窪田師範や関係者の多大な理解と協力によって、私自身の柔道に対する心構えなど、心身ともに、鍛錬し、導いて頂いた。
・平成16年3月、講道館嘉納行光館長から「初段」昇段を授かる
・平成20年6月、講道館嘉納行光館長から「弐段」昇段を授かる
・平成23年10月、講道館上村春樹館長から「参段」昇段を授かる

 今は、徒、柔道に対する愛着と多くの友情を賜った方々に、感謝の念一杯の思いを抱いている。

六、父母の後押し「慶事が相次ぐ」

(1)平成23年秋の藍綬褒章受章

(2)日本伝講道館参段に昇段

(3)協同組合全国企業振興センター創立20周年記念

(4)「藍綬褒章」受章、共同で「協同組合全国企業振興センター」記念祝賀会

(5)自叙伝【名実一体】出版記念パーティー「平成24年4月8日(日)」 5/22 UP

(6)気品尊厳で格式ある結婚式にご招待を受ける「平成24年5月19日(土)」 5/22 UP

(7)砂防事業に貢献したことが認められ、国交大臣表彰を受賞 5/22 UP

(8)友人が平成24年春の叙勲を受章 5/22 UP

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