2014/1/9 木曜日

2014年1月 今月の言葉

道は忠恕(ちゅうじょ)のみ
               - 論語・里仁第四 -
人の生きる道とはいかなるものか。
「忠」すなわちすべてに誠の心を以て尽くし、
「恕」人をあまり責めないということを心がけないといけない。
むしろ許すという気持ちこそが大切なのであります。
孔子はこのことをまた、「吾が道、一以(いつもっ)て之(これ)を貫(つらぬ)く」
とも言っております。
 
                                    平成二十六年一月一日

2014/1/8 水曜日

平成26年1月3日(金)

 10時からの、同志で親戚の市議の新年互礼会へ顔を出し、金澤神社で、長男が孫の受験生を連れて来るのと合流する。神社の宮司に、神前で高校合格祈願のお祓いをして貰う。12時から市内ホテルで、3人で昼食を食べながら、孫を励ます。

 13時30分から、地元の神社の新年祭に顔を出し、玉串奉奠をして、隣市の県議の互礼会に出席し、ご挨拶をする。
その後、デパートへ行き、「お祝いと感謝の心」の品物を買い、その足で「感謝の心」を80代の方に、その思いを届ける。

平成26年1月2日(木)

 7時に、近くのホテルでの新年互礼会会場へ集合し、I.A(アイコック・アリィ)の年頭儀式の中で挨拶をした。
互礼会のそれぞれの担当部署に就き、準備態勢が整った。8時には、後援会本部会長や政心研金沢市議7人揃い、入口で新年のご挨拶とともにお迎えをした。

 後援会の本部や地元南地区、各地区の会長他役員・会員の出席・・・約700名参加の上で知事、国会議員、金沢市長、県議、金沢市他加賀から能登の市町議、校下連長、公民館長、各団体の長、役員など多くの参加の中で、賑々しく、そして厳かに執り行われ、9時50分に締めた。

 この新年互礼会が目白押しで、終了後、直ちに市内ホテルでの知事を皮切りに、扇台校下、諸江三町会下丁、後援団体本部長で友人宅、市内ホテルでの市長、母校相撲部の騎虎の会を回り、本日の一段落をした。

平成26年1月1日(水)

 大晦日(12/31)の23時45分に家族揃って、恒例の年越し蕎麦を食べながら、元日を迎えた。“おめでとう”と家族で新年の挨拶をしながら、それぞれ床に着く。

 午前3時頃に目が覚めたので、新聞に目を通し、4時半に自分で運転をして、元朝式の会場へ向かった。朝起きの会場でもある中で、7~8分来賓の挨拶をした。「政治生活40年、金沢での県議15年目の節目を迎え、今年の一文字“慎”を披露した。」“すみずみまで心を配る”ことを第一にしたい。会長先生の言葉を引用し、「人間力」と“共助”の精神を新たに取り入れたいと誓った。

 6時、I.A(アイコック・アリィ)の幹部3名と共に、関連の神社へ初詣に参る。
額東神社、四十万八幡神社、額西神社、大額一丁目稲荷神社、額新保薮田神社、大友神社、須岐神社、諸江少彦名神社、石浦神社、末町日吉神社、高尾禅ヶ峯神社など11社で、神職在社している須岐神社と石浦神社と高尾禅ヶ峯神社で祈願と玉串を捧げての祓いを受け、四十万八幡神社では、玉串奉奠をした。

 9時に朝食を食べ、年賀状に目を通し、10時過ぎ、家族ファミリーと共に、ワゴン車など2台で残りの初詣へと進めた。渋滞の中、1時間かけて白山比咩神社へ、宮司以下、神職の出迎えを受け、新年のご挨拶をし、3家族とも奉串を捧げ、祓いを受けた。
 境内の露天で買い物をし、家族それぞれ、御籤を引いた。
私のものは、末吉でしたが、67年の人生最悪の大凶のような内容でした。
一部紹介・・・。「溜り水が腐ったり、古いものに虫が涌くような時である・・・大掃除して新規まき直しを・・・。凡て因習に囚われて災を生じる場合だから勇気を以て行きづりを打ち破って更正すべき時・・・。家庭でも団体でも、古い伝統は表面が良さそうでも、内部が腐敗しているので、些細な蟻の穴から、提が崩れる時が来ている。革新が必要だ。又、獅子身中の虫というか、身近に害をなす者が出来るから注意を要する。親の顔に泥を塗るか、名誉回復かの分かれ目だ。」と云うものでした。

 13時過ぎに、旧河内村(白山氏河内町)の福岡の自宅へ行き、仏前でお経を上げ、神棚に手を合わせお参りをした。福岡の佐野神社へ参拝し、墓地へ行き、先祖に対してのお参りをした。
 額谷の自宅へ戻り、14時過ぎに昼食(鍋料理)を食べながら、年賀状に目を通した。

1.伝統ある金沢市の出初式に臨席して

(澤飯会長から、表彰されるので出席を・・・の一言)

 「年末の恒例の会」で、『自分が市長から表彰されるので、出席をして下さい。』と澤飯英樹金沢市第2消防団団長“金沢市消防団連合会長”から、山野市長同席の場で、要請を受けた。

 市長からの表彰は、おめでたいことではあるが、何か口実であるような気がしました。自分が会長として仕切る晴れの舞台(出初式)を観て貰いたい。また、実際、出席することで伝統ある金沢市の加賀鳶や梯子のぼりなどの出初式に対して、更に理解を深めて貰いたいという狙いがあったのでは・・・と直感した。

平成26年1月5日。
当日は、晴天に恵まれ、開式10時の45分前に会場に着き、久しぶりに場内を観て歩いた。
額消防分団を励まし、新竪分団長や犀川分団、富樫分団の有志にも挨拶が出来た。
 例年のこの日(出初式)は、雨風か吹雪等、天候が荒れる日が多いため、総ての内容(表彰式及び主催者や来賓挨拶など)がコンパクトで短く、簡潔にまとめられていた。
今日のように、天気が良いと、何故かそれが“浮いて”見えた。でも、総てがこういうことなら、良いなあ・・・!と思い、清々しさを感じた。
 特に、式の最初から最後まで出席し、“来た甲斐があった”“来て良かった”と云う思いを感じた。

平成26年年始の出来事

あけましておめでとうございます。

昨年は、拙い私のブログに目を通して頂き、ありがとうございました。
今年も引き続き、よろしくお願いいたします。

  

1.)伝統ある金沢市の出初式に臨席して

2.)田中博人正月三が日日記

平成26年1月1日(水)

平成26年1月2日(木)

平成26年1月3日(金)

 正月3日間の行事と遣らなければならないことを総て終え、安堵した。
何故なら、年末から気になり、心配の種が尽きなかった。

それは、お三方の危篤の知らせを受けていた。
お一人は、福井市の大切な方の母君、もう一人は、弟の連れ合いの母親(珠洲市)、三人目のお方は、父の同級生で出身地で元村議の男性の方。何れのお方も、年を越せるか、正月には・・・と云った状態でしたが、この3日間には、訃報の知らせが無く、真に、頑張られたのだと思います。

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